日増しに秋も深まりゆく10月。
皆さま、いかがお過ごしでしょうか。司会のおりも政夫です(昭和のあいさつ)。
秋たけなわプリンスホテル(昭和の季語)の今、真っ青な空に入道雲が印象的な夏の映画『バケモノの子』の感想をお届けいたします。

バケモノの子 オフィシャルガイド

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もはや遠慮するような時期でもないので、ネタバレ全開でお送り致します。
ただ、映画を見たのが7月の1回だけですから、記憶の方がすでに曖昧になりつつあります。
当時の自分のツイートを確認しつつ、何とかあの頃のピュアな気持ちを思い出して、がんばる所存です。

映画『バケモノの子』について


映画『バケモノの子』は、2015年7月11日に公開された日本のアニメーション作品。

『時をかける少女』、『サマーウォーズ』、『おおかみこどもの雨と雪』の細田守監督の長編オリジナル最新作で、興行収入50億円突破の大ヒットを記録しています。


あらすじ


引用しようとした公式サイトの「あらすじ(ストーリー)」ページが画像になっている……一次ソースである公式サイトがこういう処理するのは愚かでキライです。引用されるのを想定してテキストにして欲しい。
やむなくWikipedia:『バケモノの子』の「あらすじ」でも引用しようかと思ったら、全編に渡って詳細に物語展開が書いてあった。なんなんだこれは……。仕方ないので、各所つまみながら独自に書きます。

人間の世界【渋谷】と重なるように存在する、バケモノの世界【渋天街】。
この2つの世界が本作の舞台です。

孤独な少年「蓮(れん)」は、バケモノ「熊徹(くまてつ)」に拾われて「九太(きゅうた)」という名を与えられ、チョロQいや武術の弟子として一緒にバケモノ世界で暮らすことになります。

九太と熊徹の出会い、そして共同生活の中で、二人が親子のように成長していくのが映画の前半。

8年後、たくましく育った九太が偶然、人間の世界【渋谷】に戻り、そこで高校生の少女「楓(かえで)」と出会って、勉強を教えてもらうようになるあたりから、後半の物語が動き始めます。

楓から、高卒程度認定試験を受けて大学進学を目指してはどうかと勧められ、実の父とも再会でき、人間界での進学を考える九太。
そして、それが気に食わない熊徹。

そこから物語はクライマックスへ。
バケモノ世界でのリーダー後継者決定戦となる、熊徹とライバル猪王山とのバトル。
さらに猪王山の息子「一郎彦」の暴走を引き金に、現実世界の【渋谷】を巻き込んだ大事件が発生する。
果たして、九太と熊徹の決断とは――


決断とは――も何も、この後、感想書く中でネタバレしていくのですが。

映画全体の印象など


前作『おおかみこどもの雨と雪』が「母と子」の映画だとすれば、今作『バケモノの子』は「父と子」の映画ということになるでしょう。
但し前作同様、その関係は一方的なものではなく、子は父に学び、父もまた子に学びます。
そこには細田守監督ご自身が、実際に子を持つ父となったことも大きく影響しているはずです。

映画は興行収入50億円突破の大ヒットとなったわけですが、毎度のことながら、私にはもやもやとしたものが残りました。
『サマーウォーズ』から劇場で鑑賞をしていますが、もはや、このモヤリエンヌ状態を楽しむために見ているような気がしてきます。

それは決して、キライな映画を自虐的に見て楽しむような行為ではなく、見終わった後の数日、なんとなくもやもやして、物語というものについて、あれこれつい考えてしまう、というような感じ。その感覚はキライではありません。
そういう意味では、少なくとも映画のチケット価格分はいつも楽しんでいると言えます。

映画という意味では前作『おおかみこどもの雨と雪』の方が好みです。
ただ、物語の素材(元ネタ)は『バケモノの子』の方が好きなんですよね……その話をしましょうか。

本作の大きな素材(元ネタ)のひとつ、『西遊記』


エンドクレジットの参考文献として、中島敦『悟浄出世』が挙げられているということを知ったのは、この作品を観に行こうかどうしようかと迷っていた時期のことです。

今回はなぜか公開前に、映画を見に行くモチベーションが全く上がらず、ホワイトベースのエンジンを2分で直せと言われたセキ大佐ぐらい困っておりましたが、これを聞いて、やっとモーターのコイルがあったまってきて、ピーキーすぎてお前にゃ無理だよ、となり、テールランプの残像を残しながら劇場へ向かいました(脳内検閲の無い文章)。

中島敦「わが西遊記」と『悟浄出世』


中島敦「わが西遊記」はこの『悟浄出世』と『悟浄歎異―沙門悟浄の手記―』の短編2編からなります。
沙悟浄を主役にすえて、西遊記的な見せ場である妖怪バトルなど一切無し!ですが、まあ面白いこと。面白いこと。

『悟浄出世』は西遊記の前日譚。
人生の答えを求めて悟浄がさまようお話。
絶対に答えが出ないテーマを題材にして、各方面のコメントを順番に集めて廻る物語構造のすばらしさ。

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『悟浄歎異』は三蔵一行と旅の途中の悟浄が、悟空、八戒、三蔵のキャラクター評論をするお話。
構造上、語り手である悟浄に対する評論はありませんが、主役作『悟浄出世』での自問自答、そして本作でも、旅の仲間たちをここまで評論するような内面を持つ人物は、悟浄以外ありえないことが彼の自己紹介になっています。



つまり『悟浄出世』が三蔵一行に加わる前の沙悟浄を描くエピソード・ゼロ。
三蔵一行に加わったあとの悟浄による、各キャラクター評論が『悟浄歎異』。

いずれも『西遊記』の二次創作としてのコンセプトが素晴らしく、また内容に関しても『山月記』と同じく、大人になる手前あたりの子供が読むと得るものが大きいはずです。
少なくとも私はそうでした。大人になる一歩手前には誰しも、李徴にも悟浄にもなりえるものだと思うから。

映画『バケモノの子』のエンドロールでは、メルヴィルの『白鯨』、そしてもうひとつ、この『悟浄出世』を参考文献として確認できます。本作の数々ある元ネタの中でも、影響の大きなもののひとつです。

子育て西遊記 in ケモ街diary


実際に劇場で『バケモノの子』を見てみると、映画前半は私の想像以上に『西遊記』でした。
というか、この構成で参考文献に『悟浄出世』だけ載せて、『悟浄歎異』を出さないのはちょっと分からないぐらい。
特に九太に剣の稽古をつけるシーンでの、熊徹の長嶋茂雄的な指導などは『悟浄歎異』を連想せずにはいられませんでした。
『悟浄出世』と『悟浄歎異』のハイブリッドと言っていいのでは?

そもそも登場する「バケモノ」たちが、『西遊記』なんですよね。
モチーフとなる動物をずらしていますけどね。

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主人公の師匠(父)となる、熊徹(クマ)が、孫悟空。
熊徹の悪友で皮肉屋、多々良(サル)が、猪八戒。
主人公たちを見守る、お坊さん百秋坊(ブタ)が、リリー・フランキー。いや沙悟浄。

このパーティに、人間の少年・九太が加わる形です。

主人公も本名は「蓮(れん)」なので、イメージ的に蓮とゆかりの深い、哪吒(なた)太子のイメージなのかも。

もしそうならば、師匠である熊徹(悟空)が炎で、主人公を助ける女の子の名前が、木偏に風と書いて「楓」なので、風と火の助けということなり、すなわち哪吒が飛び立ち、戦うための風火輪。……などという、こじつけも出来るかも知れない。

こじつけついでに言えば熊徹のライバルとなる、猪顔のバケモノ、猪王山(いおうぜん)。
劇場で見た時、最初、名前を何と言っているのか正確に聞き取れず、耳では「ようぜん(正確には、ようせん)」にしか聞こえなくて。
すなわち楊戩。西遊記では悟空とも戦った二郎真君。だから息子の名前が、一郎彦、二郎丸だったところも、少しニヤリとしてしまいました。
息子は2人だったので、三郎丸三郎はいませんでした。(ダントツにどうでもいい)

つまり『バケモノの子』は、悟空や八戒や悟浄が、人間の子供を育てる「子育て西遊記」になっているわけです。

実はこの「子連れ狼」ならぬ猿たちが行う「子連れ西遊記」は、昔「今、西遊記(の二次創作)やるなら、三蔵一行に子供を加える話をやるのが面白い」と考えて、ツイートしてたんですよね。


その意味で『バケモノの子』は、まさしく私が望んでいたそのものが現れたのです。あくまで個人的なことですが、もうそれだけでこの映画には価値がある!

ちなみに当時、この「子連れ西遊記」については、以下のような形で考えていたようです。





「子供に対する反応の仕方」で、各人物を表現したり、「子供に各人物の評価をさせる」などは『バケモノの子』でもそのような要素がありました。

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愛のままにわがままに、僕は何もかも傷つけない


さて悟空、八戒、悟浄に子供(九太)を加えた「子連れ西遊記」と見立てるとしても……三蔵法師が足りませんね。

バケモノではなく、人間の立場から、九太に接して導いてくれるキャラクターが必要のはずですが、右も左もバケモノだらけのこの映画でそんなキャラクターは……いた! いました。中盤で登場する女子高生、楓(かえで)です。

楓というキャラクターに関しては批判も見かけましたが、西遊記モチーフというのを前提に置いた場合、彼女はどう考えても、三蔵法師でしょう。

主人公が闇堕ちして暴れ出しそうな所をストップかけて、理性を保つための輪っか(リボン)をくれたんですから。
そして、人間社会で生きるための勉強を教え、その先の道を提示してくれました。
(これはバケモノ保護者たちにはできないこと)

三蔵法師として見れば、別に彼女がいわゆる「ヒロイン」でもないし、恋愛対象として登場させたわけでもないと思っています。

「え? 三蔵法師って、ヒロインでしょ?」という話も出るかも知れませんが、それは『西遊記』だと三蔵が妖怪のターゲットなのと、日本では伝統的に三蔵法師が女性が演じるものだからですが、この作品ではそういった構造はありませんし、特別「女性」ということを必要とされて描かれてもいないと思います。

はっきりいえば、終盤の展開には必要のないキャラクターなので、彼女の方から積極的に行動しなければ、無関与のまま終わってしまったでしょう。

「良い子」を演じて自分を抑えていた彼女が、九太のために親の目を盗んで夜の渋谷に出かけていくことで、彼女自身の変化も表現をしていますが、別に敵のターゲットでもない彼女が、何の解決手段もない足手まといのまま同行することに、ストレスを感じた方もいらっしゃったかも知れません。

ただ、『西遊記』モチーフであることを作品内でオープンにしたら、三蔵法師としての彼女のあの献身は説明できるはずです。

子連れ西遊記の夢を叶えてくれた映画


とにもかくにも、妄想していた「子連れ西遊記」というモチーフを見せてもらったことは感謝しても仕切れません。

「強さとはなにか」を求めて旅をする、『悟浄出世』での話の主軸を、数分で終わらせたことに驚きを感じたりもしましたが、その後の展開からすると、あれは丸々カットできるシーンなので、むしろよくぞ多少でも入れてくれたと思いました。
(金曜ロードショーのときにカットされる可能性があると思います。それぐらい、その後に関係しない)

ただ、押井守の『イノセンス』などは、2時間たっぷり『悟浄出世』やってるような映画です。
ひとつのテーマに対し、尋ね歩き、色々な人の話を聞くだけで2時間終わらすような図太いことやって欲しい気もしますが、それだと50憶稼げなかった可能性は、もちろんあります。
細田監督が背負ったものを考えると、そういうわけにもいかないかも知れません。

前半は『西遊記』好きとして、また中島敦「わが西遊記」好きとして非常に満足させて頂きました。
細田守監督、ほんとうにありがとう!


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夏映画の感想を秋になって公開した理由


こんな時期外れに『バケモノの子』の感想記事をアップしたのには理由があって。
Twitterでのツイート感想だけで終わらせようと思っていたのですが、ブログやTwitterで親交のある坂井哲也さん(@sakaitetsu)とのやりとりが刺激になって、ブログで記事をまとめておこうと思い直しました。

その際の坂井さんとのやりとりは、以下のTogetterにまとめて頂きました。

『バケモノの子』で描かれている父子像から得られるのは、感動かモヤモヤか笑いか。
http://togetter.com/li/888520

そして、坂井さんご自身もブログで『バケモノの子』感想記事をアップしていらっしゃいます。

好感持てる作品だけれど、古臭いオヤジ像にどこまでついていけるか。『バケモノの子』感想・レビュー
http://tominotoka.blog.so-net.ne.jp/2015-10-18




まとめと……次回予告?


『バケモノの子』は、子供も楽しめるエンターテイメント作品でありながら、さまざまな要素を含んだ作品です。
語る際にも、色々な角度で語れますので、私は自分が好きな『西遊記』視点から語ってみました。

興行収入50億円突破も納得の作品に仕上がっていますが、押井守の映画監督勝敗論でいうと、上がり続けるハードルはこれからしんどくなるかも知れませんね。
肩の力を抜いた作品を作るチャンスがあればいいのですが。

次回作がどのようなものになるのかは分かりませんが、期待しましょう!

……。

……。

……え? 感想が『西遊記』がらみ(前半)だけだし、今回の「もやもや」について、何も書いてない?

その話する? 本当はこの記事の後半に入れるつもりで「もやもや」成分書き出したら、あまりに長くなりすぎて結局カットした話する?

分かりました。私が『西遊記』ネタを中心にこの映画を楽しんだことは事実ですが、それとは別に今回も「もやもや」はあって、あれこれ悩んだり考えたりしたものは確かにあります。
映画自体にもの申すというより、自分自身の物語に対する考え方(スタンス)を確認している、というのが近いと思います。

それは別記事としてまるごと収録することにしますので、まあモノ好きな方はそちらをご覧ください。
この記事が陽(ヤン)なら、そちらの記事は陰(イン)だとは思うので、ヤンが卿ならそう思うという気持ちでご覧頂ければ。

老若男女、多くの方が楽しめる良い映画だということは確かです。
これは心からそう思います。

※10/22追記:第2弾の記事書きました。

東京都渋谷区「刀乱舞る -とらぶる- ダークネス」事件<映画『バケモノの子』の「父子」と「普通」について>
http://highlandview.blog17.fc2.com/blog-entry-238.html



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No title

「バケモノの子」が国際映画祭で惨敗 

第72回ベネチア国際映画祭のラインナップには選出されず終わる
記者会見「ベネチア国際映画祭への出品も目指していく。」と語るも、バケモノの子は屈辱の門前払いを受ける

第63回サン・セバスチャン国際映画祭
コンペティション部門に出品された「バケモノの子」は無冠に終わる

(同部門には約20本の映画が出品され8つの賞を争った) 一方「海街diary」は観客賞を受賞

第48回シッチェス・カタロニア国際映画祭
時かけ、サマウォ、おおかみと長編アニメーション部門最優秀賞をこれまで獲ってきた、
第48回シッチェス・カタロニア国際映画祭でバケモノが無冠に終わった
アニメーション部門の最優秀作品賞には原恵一の「百日紅~Miss HOKUSAI~」が選出された

No title

ファンタスティックフェストの賞
'Green Room' wins Fantastic Fest audience award
「バケモノの子」がアメリカ最大のジャンル映画祭に参加したが無冠に終わった
全体では40位という残念な結果となった(「極道大戦争」は21位、「暗殺教室」は35位)

第88回アカデミー賞長編アニメーション部門
日本からは「思い出のマーニー」のがノミネート

「バケモノの子」はノミネート落ち

批評家による「バケモノの子」への苦言
特に人間のキャラクターたちにまったく面白みがない
楓がいいかげんな恋愛対象としてしか描かれない
終盤で悪役の一郎彦が下品に扱われる
脚本が主題からそれ、不可解で超自然的な馬鹿げた展開に脱線する
残念ながら熊徹が脇に追いやられてしまう
また「ジャングルブック」との話の類似点を指摘されてた上で「ジャングルブック」より優れた部分は何もないと言われた。

No title

細田は東宝と日テレのプロデューサーぞろぞろ連れて海外飛び回ってたのに今回一つも賞取れてない
作品は嘘付かないから海外じゃ金積んでもノミネート(仮)で終わり
細田は描きたいことのために話の筋は無茶苦茶にするわキャラクターはペラッペラで全員アスペルガーみたいになってる間違いなく「バケモノの子」は駄作です

Re: No title

3件のコメントありがとうございます。

く「バケモノの子」は駄作です

ご意見頂戴いたしました。

確かに(今回も)色々と問題を抱える作品です。
ですが、この作品のことを考えるのは私には面白くて、気付けば3本も記事を書いてしまいました。
そのことと、海外の映画賞での評価や、世間の評価は全く関係ありません。

私にとってそうであるように、あなたにもそんな作品があればステキなことだな、と思います。
その作品に対して私は、海外の評価であるとか、個人的な駄作の烙印であるとか、お伝えすることはないでしょう。

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