第二小隊の学級委員は決して犯罪者に屈したりはしない!<シリーズ『機動警察パトレイバー』:熊耳 武緒>
機動警察パトレイバーマンガゆうきまさみロボットアニメシリーズパトレイバー物語
2015-06-03
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そんな熊耳 武緒(くまがみ たけお)は、特車二課の学級委員。
このシリーズ定番ですが、まずはWikipediaで基本プロフィールを参照しましょう。
警視庁警備部特科車両二課第二小隊員。二号機バックアップ(指揮担当)(→一号機バックアップ(漫画版))。階級は巡査部長。兵庫県西宮市出身。通称お武さん(おたけさん)。
漫画版では2巻で初登場、進士に代わって二号機バックアップを務めることになった(この事情は漫画版あらすじ参照)。操縦技術に関しては隊内でも1、2を争うほどだが、指揮やバックアップ要員に向かずそもそもフォワードをやる以外に使い道がない太田の存在により、指揮担当となる。
テレビアニメ版では帰国した香貫花の後任として、第26話で初登場。ゆうきまさみによると本来第二小隊の重石になるはずだった香貫花の代わりに急遽用意したキャラで、詳しい設定が固まらない内に登場することになったという。
文武両道に秀でた才媛で、自分にも他人にも厳しく律する性格の持ち主である。漫画版では、傍若無人な太田が恐れて敬語で接する唯一の同僚で、他のシリーズでもその面が強調されることが多い。後藤の期待を汲む形で自身を「学級委員」と位置付け、第二小隊の面々をまとめる副隊長的な存在。ただし、普段はわりと気さくに接しており、まとめ役としての気配りも行き届いている。事実上、後藤の右腕で彼女に丸投げされている業務(データ解析、訓練計画の策定など)も多い。
中国返還前の香港警察への派遣時代、シャフトエンタープライズのリチャード・王(=内海)とは、ただならぬ関係にあった。
Wikipedia:「熊耳 武緒」より
まず有権者の皆様に分かって頂きたいのは、太田功はフォワード(パイロット)をやるしかない、ということ。このあたり、太田はやはりジャンプやマガジンの主人公体質なところがありますね。
問題は進士によるコントロールが全く効かないことで、かくして太田を抑え込めるキャラクターとして熊耳が登場しました。
階級も太田より上ですが、それに加えて登場時でのイングラム同士の格闘戦でも、生身の柔道でも負けた太田はおとなしく熊耳に従うことになります。ケンカ番長的ルールに従うところも太田のジャンプ・マガジンキャラっぽいところですね。
太田を抑えられる熊耳が揃ったことで、第二小隊は人材配置の上ではチームとして完成しました。
ですが基本的に第二小隊は常に人間関係が不安定であり、熊耳もそれと無関係ではありません。
彼女が実質的には副隊長のような仕事をしながら、担任の後藤先生をサポートする「副担任」ではなく、「学級委員」であるのは、問題を持つ未完成なクラスメイト(学生側)のひとりだからなんでしょう。
スキがなく、替えの効かない重要なプレーヤー
そんな熊耳さんなんですが、基本的には役割(立ち位置)としてのキャラクターの面が大きく、内面的な役割を担当するために生まれたキャラクターではないと思っています。
これは役割重視のキャラは、内面的なキャラより劣る/深みがない、ということでは全くありません。
特にこの作品がある種の「チーム物」である以上、キャラクターごとに分担する役割こそが最も重要とも言えます。
その役割(立ち位置)論でいえば「太田を抑えられるキャラクター」というのは、物語上、絶対必要なキャラクターです。それが出来るのは第二小隊6人の中では熊耳だけであり、替えの効かない重要なプレーヤーだと思います。
また、男性(遊馬)指揮による女性フォワード(野明)と、女性(熊耳)指揮による男性フォワード(太田)というコンビ対比的にも必要でした。
これはのちに、男性コンビ(遊馬&太田)と、女性コンビ(熊耳&野明)の対比も見せます。
文武両道に秀でた才女で美人。自分にも他人にも厳しく律することができ、「学級委員」の役割を自覚して動けるキャラクター。
スキのない、完璧なポジショニングですね。
人には誰しもあるもので
では「欠点」をつくりましょう、というのがキャラクター造形上の当然の流れ。
香港時代は「切れたナイフ」と恐れられた、我らが熊耳武緒巡査部長にも、欠点はいくつかございます。
- オカルトが大の苦手
- 香港時代のアレ(欠点というかトラウマ)
また、生まれ育ちに加え、大人になってからの香港のアレも大きな影響を及ぼしてそうな性格的な問題として、以下のようなものもあります。
- 悩みを貯めこむ自爆型(野明の予想による)
- 破滅型の行動(内海の指摘による)
「オカルトが苦手」というのは、もうこれは、ドラえもんがネズミが苦手のようなもので……もしかして、佐倉 魔美(エスパー魔美)の「幽霊が苦手」から来ているとか?
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これは要するに完璧に見えるキャラに、人間味あふれる、かわいらしい弱点をひとつ付けておく、といったものでしょう。そういえば、絵心が足りない、というものもあったな。それも同類ですね。
かわいらしいこれらとは異なる弱点が、彼女の大きな傷となっている「香港のアレ」です。
今夜はお前とビクトリアピーク
基本的にポジションキャラである熊耳さんは、立ち位置と他のキャラクターとの関係性で語るべきなんだろうとは思います。
ただ「対太田」「学級委員」ではそれこそ役割面での意味が大きく、熊耳自身のパーソナリティというよりは物語構造的な視点になってしまうでしょう。
となれば、彼女に迫るには、やはり「リチャード・王(ウォン)」しかない。
中国返還前の香港警察への派遣時代、シャフトエンタープライズのリチャード・王(=内海)とは、ただならぬ関係にあった。
これがいわゆる「香港時代のアレ」。
当時の熊耳とリチャード・王(ウォン)は、男女の関係にありました。
ビクトリアピークで夜景を見たあと、リチャードの下でウォンウォンと声を上げていたわけです(最低)。
しかしリチャードの正体を知らない熊耳は、結果的に利用され、香港からの逃亡を許してしまう。
内海は単に利用するための道具だけでなく、女性としての熊耳自身にも魅力を感じていたんでしょうが、そこはそれ。利用できるものは立った親どころか上司やテロリストでも利用するのが内海。
肝心な当時の2人の関係については、再会時の描写でニュアンスは伝わるが、直接的なものは熊耳によるわずかな回想シーンしかありません。
それは「優秀な仕事をする女性が、笑顔が印象的な男にコロッとだまされた」という、よくある感じのわずか6ページのダイジェスト風回想。
色々と考えるには情報は足りない……。
しかし足りないのは「そこに深いものが隠されている」のではなく、物語進行上あれで十分なのだと思った方がよいと思います。
だから描かれなかったところをあれこれ想像し、レッテルを貼ったりするのは筋が悪い。
むしろあのダイジェスト回想程度で「すべて(必要十分)」と考えた方がいい。
それにそもそも、あの回想シーンは熊耳によるものですが、彼女が見たのはあくまでも「リチャード・王」という一面でしかなく、内海と呼ばれる人間の全体像ではありません。
だまされた香港当時も、そして呼び出されて捕まった時も、内海は彼女の理解の外にある。
内海たくらみブラが送られ恥ずかし乙女
そうなると、お固いクラス委員長が、チャラいメガネに骨抜きにされたり、「くっ、殺せ」とにらみつける男勝りの強い女騎士があんなことになったりするような、太田より強いのにリチャード・王にはコロッとやられるみたいな話をするしかないのだろうか、と最初は思いました。
ただ、それをすると恐らく「女性とは」「男と女の関係とは」のようにビッグ主語で、(情報のディティールが無いから)一般化させた曖昧な話をすることになるでしょう。
それは全く気が進まないし、フィクションのキャラクターを利用して「女性」や「男女関係」を語るほど、私は経験も見識も持ち合わせていない。(そういうのは羅将ハン的な人にお任せします)
ですから熊耳&内海問題に関しては、視点を変えて、「なぜ物語の終盤から最後まで、熊耳は内海の隣にいたのか」という問題設定で考えてみようか、と思います。
これだけですとまだ「いやおタケさんも女だからさ」「女心っていうのはさ」みたいな勘違いを生む可能性がありますね。
また作中で、黒崎くんは「ギリギリまで背後関係を調べるつもりだろう」と言っていましたが、これは彼の推測でしかないし、私はどちらかといえば熊耳の動機より、物語的な機能に興味がある。
より正確にいえば「熊耳を物語最後まで、第二小隊メンバーではなく、内海側に置くことで、得られる物語とは何なのか」という感じでしょうか。
ポイントとしては以下のあたりになるでしょう。
- なぜ熊耳を内海に捕らえさせ、物語最後まで一緒に行動する物語展開にしたのか。
- 企画七課vs第二小隊の最終決戦に第二小隊の仲間として何も関与していないのではないか。
- 最終的に内海もジェイクが刺し、内海問題についても解決に関与できていないのではないか。
ここまで熊耳にポジションキャラとして役割(使い道)が大きいと書いてきましたが、内海による呼び出し以降は、「学級委員」「対太田決戦兵器」という彼女を構成する大きなポジションが喪失します。
これまでのキャラクター性の拠り所であったポジションを失い、ブラも失った熊耳武緒とは、そして彼女にとっての戦いとは何なのか。
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何も考えてない「愚かな女」の行動なのか?
あれこれ考える前に、熊耳と内海の再会後の流れについて整理しておきましょう。
再会と拒絶
(1)内海に呼び出され、倉庫で再会
(2)ホテルで香港時代の回想、そのあと内海を拒絶
(3)内海が後藤へ電話。熊耳とバドの交換を申し出るが、人質にしている証拠もないしで断る。
(4)眠らされた熊耳は、ブラジャー取られて、人質の証拠品として特車二課(後藤)の元へ送られる
二課襲撃と人質価値の消滅
(5)特車二課にブラジャーが届き、熊耳が囚われていることが確定。
(6)内海から後藤へ二度目の電話。福島課長が交換取引を拒絶。
(7)内海による特車二課襲撃。熊耳は、内海、黒崎らと同じ車内に。
(8)バドが内海のもとへ。これにより交換要員としての熊耳の価値はなくなる。(内海は海外逃亡に同行させるつもり)
グリフォンvsイングラム決着
(9)イングラムに野明を乗せてから、内海、二課から撤退を開始。
(10)内海と熊耳を乗せた車、グリフォンとイングラムの戦いを車載テレビで見ながら移動。
(11)車はトンネルに入り、電波状況によりテレビで戦いの様子が確認できなくなる。
(12)サロンバスに乗り換えて脱出。電波状況回復。グリフォンの敗北をここで確認。
海外脱出と内海の最期
(13)内海と熊耳を乗せたサロンバスは晴海へ。黒崎は熊耳を排除をしようとする(内海が止める)
(14)晴海客船ターミナルに到着。熊耳は変装させられ、海外へ連れて行かれそうになる。
(15)海外逃亡直前、熊耳は監視に気付かれぬよう、香貫花に自分の存在を伝える。
(16)内海、熊耳の目の前でジェイクに刺される。
呼び出されて以降は、内海に振り回され、感情を揺さぶられ、また駆け引きの道具としても利用されてしまっています。
そもそも熊耳も本気で抵抗したり、逃げ出したり、といった行動も見せていません。
(これについては作中で内海からの指摘があります)
このため、内海のエスコートにより、彼のとなりでおとなしくイングラムvsグリフォンの最終決戦を見届けることになります。
客観的に見れば、後藤や香貫花と連絡が取れなかったとはいえ、ノコノコと一人で出かけていって捕まり、囚われの身で何も出来ないまま、戦いの決着はついてしまいました、となります。
そうですね。例えばキャラクターを、物語中で戦力的に役に立ったかどうかだけで判断するようなタイプの方から言わせれば、「足を引っ張った」「無能」「仕事放棄」「恋愛脳」「ノーブラ・ジャックナイフ」みたいな批判を受けるのかも知れませんね。
私自身も連載当時、最後まで内海のそばにいたわりに、おタケさんの行動による大逆転とか、最後の最後でだまし返す(意趣返し)みたいなこともなく、不確定要素のジェイクで決着したことに、あまりすっきりとしていなかったような気がします。熊耳さんはいったい何のためにあのポジションに最後までいたんだろう。
そして連載終了から20年以上が経過した2015年。
このシリーズ記事を書くために、15年ぶりぐらいにマンガ版を読み返して、当時疑問だったことが少し分かったような気がしました。
熊耳さんが「第二小隊の学級委員」を捨ててでも、「内海のとなり」のポジションに移る意味はあったと。
グリフォンvsイングラムに重ねられたもの
そのひとつは、グリフォンvsイングラムの最終決戦。
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熊耳さんが参加していないと言いましたが、この一騎打ち自体には、特車二課のメンバーは誰も参加できていません。
襲撃された二課棟に閉じ込められた後藤たち。(のちに解放)
福島課長を人質に取られて手を出せなくなり、無力化された太田の二号機。
指揮車で外にいた遊馬も捕まってしまい、完全にバドと野明、2機のレイバーだけでの戦いです。
これこそが警察署の襲撃という手段まで選んで、内海が望んだ最終決戦のかたちです。
しかしこの結果は、後藤の言う通り、泉野明の「圧勝」に終わります。
共に「趣味のレイバー」のパイロットに選ばれたバドと野明。結果の違いはレイバーに乗り始めてから得たものの違いが大きいですが、これは「泉野明」の項などで詳しく語りましょう。
内海の誤算はいくつかあるでしょうが、ひとつはこのパイロット泉野明の資質を見誤ったこと。
もうひとつは、泉野明を見誤ったことによって、バドと野明の違いを見誤ったこと。
そしてイングラムという機体とそれを支える力を見誤ったこと。
イングラムを、いつも最高の状態にしてくれている整備班の働き。
描写は少ないが、恐らくコンピューター系のサポートを色々してくれたであろう進士。
描写は少ないが、気配りやメンタル面も含めて、バックアップに徹してくれたであろう山崎。
1号機とは違う特徴を持ち、コンビとしてライバルとして、模擬戦の相手や反面教師にもなった太田。
口は悪いが、育ちもあってレイバーに詳しく、野明をのせるのが上手かった初代パートナー遊馬。
そして、二代目パートナーとして野明と一号機を育て上げてきた熊耳。
(さらにいえば、これらをキャスティングした後藤隊長)
イングラムの能力は、多くの公務員の手により、長年の運用の中で丹念に練り上げてきたもの。
そこに熊耳も1号機バックス(指揮)として、重要な役割で参加しています。
だから、グリフォンvsイングラムは、バドvs野明でもあり、それを支える企画七課全員vs特車二課全員であり、当然のことながら、内海vs熊耳の要素も含まれる。
内海と熊耳、2人がそれぞれ育てたパイロットとロボットの決戦。
それを熊耳は敵地で、内海のとなりで見届けることになる。これが彼女の戦いのひとつ。
なぜ最終決戦で、野明&遊馬コンビが復活しないのか
マンガ版全22巻のうち、野明と遊馬のコンビは実は1巻~13巻まで。
13巻途中からは、野明と熊耳のコンビとなり、それは物語の最後まで続きます。
ちなみに最終回では、熊耳の不在により、遊馬が1号機、2号機、両方の指揮を取っていますが、結局最後まで、野明&遊馬という1vs1の関係には戻っていません。
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『パトレイバー』といえば、野明&遊馬コンビというイメージがしますが、実はマンガ版では野明&熊耳コンビもかなり長いのです。
なぜなのか、と言えば、配置換え自体は遊馬の自業自得から生じたものです。
別に熊耳側に理由があったわけではない。ただ、マンガ版がグリフォンとの決着で終わらせたことを考えると、物語の後半から最後まで、熊耳が1号機のバックスであり続けたことは意味があったと思います。
連載当時、実は私は最終決戦のときに「ああ、この緊急時についに野明&遊馬コンビが復活するのか!」と思いながら読んでいました。
篠原重工の実験試作機AVR-0でのグリフォンとの前哨戦。衛星からの情報と管制車による演算処理でのサポートは、長年イングラムを手足にしてきた野明との相性が悪く、敗退します。
「うむ。最新技術の衛星サポートより、遊馬の指揮だな!」と思っていたら、遊馬も捕まり、結局、内海の思惑通り、野明ひとりでの最終決戦となってしまいました。
当時は、あれ?遊馬の見せ場は?コンビ復活は?とか思いましたが、今から思えばこれは正しい。
この段階でも正式な1号機バックスは熊耳武緒であって、彼女は内海とこの戦いを見つめている。
ここで遊馬が指揮を取ると、内海vs熊耳の構造がボケてしまう。
野明をたったひとりで戦わせることで逆に、不在の熊耳や、整備班含め特車二課全員を背負ったイングラムという構図が強調されていると考えます。
内海のとなりで、イングラムの勝利に笑い転げる女
これまでやられっぱなしだった熊耳が、内海を刺すための道具は、ジャックナイフではなく、イングラムによる電磁警棒。
それは、内海とバドのお遊びに公務員が仕事で決着をつけた瞬間でした。
そして大事なことは、この瞬間、内海のとなりにはそれを笑うことができる熊耳がいるのです。
もしこの敗北時に熊耳がいなければ、内海は(内心はともかく)部下たちの手前、余裕のある笑顔でニヤケたまま、軽口でもたたいて、ポジティブに次の行動でも指示したでしょう。
しかし、ただひとり。内海自身が連れてきた熊耳がここに存在することで、それは許されない。
熊耳は、可笑しくてたまらないと笑い転げます。
そもそも、その瞬間に内海のとなりにいることが出来るのは熊耳以外ありえないでしょう。
これは熊耳にしかできない、重要な役割です。多分この瞬間のために彼女はここにいた。
ただしそれには「第二小隊の学級委員」を捨てて、破滅型の愚かな女に見えても、内海のふところへ飛び込ませる必要があった。今はそう思います。
振り返らなくてもジェイクがいる
その後、内海は熊耳らを連れて、海外への逃亡をはかりますが、その寸前でジェイクによって刺されることで物語は終わります。
内海のとなりにいたことで、イングラムによる勝利を見届け、一矢報いた熊耳ですが、今度はかつて愛したであろう男の死をも見届けることになってしまいました。
殺害したジェイクは直後に黒崎によって銃で撃たれ、企画七課の面々は全て逃亡し、行方をくらましたようなので、現場のことを語れるのはおそらくは残された熊耳のみ。
警察による事情聴取や捜査協力なども行われたのではないかと推測されます。
事件の関係者で、警察官とはいえ、内海の死を語るその心中は如何ばかりかと思いますが、その過程で、彼女の中の内海、いやリチャード・王がゆっくりと死んでいったのかも知れません。
その後、休職をするほどにショックな出来事であったには間違いないですが、もし内海が再び熊耳を残して、生死不明で行方をくらましでもしたら、彼女のノドには骨が刺さったままになったでしょう。
オーストラリアで死んだよ、と噂を聞いても、それでは彼女はきっと信じない。
彼女が最後まで内海のとなりにいて、内海の死を目撃し、そしてその死を語ったであろうことは、彼女の中のリチャード・王を埋葬するために必要な儀式だったのかも知れません。
約束された熊耳武緒の帰還
内海というキャラクターの決着については、作者ゆうきまさみの倫理性と共に良く語られるところです。いわゆる光画部的なものへのケリという文脈で。
それと同時に、熊耳武緒という女性に対して、過去の決着と救済を与えているように感じました。
けして「第二小隊の学級委員」を捨て、破滅型の愚かな女に貶めたわけではなく、いわばポジションのためのキャラクターだった彼女に、「チーム物」としての役割を免じて、この後の人生(それは連載終了後で描かれることはない)を生きるためのチャンスを与えたようにも見えます。
それは彼女にとって非常に残酷なものでもあったのですが、時間は彼女の敵ではなく恐らく味方。
彼女がまもなく元気に復帰するであろうことを、最終回に初めて登場した、熊耳の父が教えてくれます。
この、熊耳が近い将来に復帰するであろうという予感が、マンガ版『機動警察パトレイバー』を閉じた世界にせず、連載終了後も続いていく未来があることを感じさせてくれて、私は好きです。
きっと、熊耳が笑顔で職場に戻り、多分そのときにはじめて、後藤隊長は遊馬を1号機専任バックスに戻して、コンビを復活させるのでは?などと勝手に考えたりしています。
それにしても、熊耳さんの父も柔らかそうな笑顔が印象的なメガネの男性でした。
彼女は、この笑顔の父に「面白いよ」と心霊写真などを見せられ、幽霊のトラウマをつくりました。
そのあと、同じように笑顔が印象的なリチャード・王に魅かれ、だまされ、トラウマをつくりました。
ただ父親と内海が違っていたのは、父親は裏表なく心から彼女を愛していたことです。
心霊写真も楽しいことを娘と共有しようと思ってやったこと。もちろん、だますつもりなど毛頭ありません。(でもガチ泣き)
内海も笑顔のまま、ぼくもタケオと喜びを共有したいだけなんだ、とは言うでしょうけどね。
まあ子供の戯言ですけど。
父の前では子供の頃から泣いたり、おびえたりしまくっていたであろう娘を、父は「簡単にへこたれたりしない娘だ」と力強く断言するんですよね。
だから熊耳さんは、彼女を裏表なく愛してくれている家族に支えられて、必ず戻ってくるでしょう。
そしていつの日か「学級委員」を再開した彼女は、メガネの奥に見える笑顔の違いを見抜ける女性になっているかも知れません。なっているといいですね。
小学館 (2015-04-28)
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シリーズ記事『機動警察パトレイバー』
第1回:1988年に生まれた、1998年の物語<シリーズ『機動警察パトレイバー』:時代背景>
第2回:コワモテの優しい巨人<シリーズ『機動警察パトレイバー』:山崎ひろみ>
第3回:MEGANE AND POLICE(メガネ&ポリス)<シリーズ『機動警察パトレイバー』:進士幹泰>
第4回:悪・即・弾 その男、凶暴につき<シリーズ『機動警察パトレイバー』:太田功>
第5回:第二小隊の学級委員は決して犯罪者に屈したりはしない!<シリーズ『機動警察パトレイバー』:熊耳 武緒>
同時にこの企画を始めた(そして私が置いていかれた)psb1981さんのパトレイバー記事はこちら。
カテジナ日記 カテゴリ:パトレイバー
発端となったTwitterでの『パトレイバー』話のまとめはこちら。
『機動警察パトレイバー』を中心とした、ゆうきまさみに関するはてしない物語(ツイート群)
http://togetter.com/li/801061
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