草薙素子「ネットは広大だわ……」
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実際のところネットは確かに広大で、子供時代の私が手に入れたかったものがそこにはあります。
今回は、人類史がGoogle検索「できる時代」と「できなかった時代」の2つに分かれるとするなら、検索できなかった時代のお話。
記憶にしかないものを、記憶しておく方法
例えば、アニメソング。
歌謡曲やヒットソングであれば、その後もテレビでしばしば登場したり、後からでも聴いたり、手に入れることは当時でも比較的容易だったと思います。
しかしアニメソングは番組が終了すれば、再放送の機会に恵まれない限りはまず聴くことはできませんし、後から音楽メディアを手に入れるのも当時は容易ではありませんでした。
もちろんネットはありませんので、動画や音楽どころか歌詞すら確認できません。
さあ、どうやって、曲を忘れないようにすればいいでしょうか?
または、どうしても思い出したい曲があった場合にはどうすればいいでしょうか?
私の当時の環境だとこんな感じでした。
インテグラ「ビデオデッキ」
ウォルター「NON ビデオが初めて自宅に来たのは中学なかばのこと。それ以前の作品の保護は不可能。また全てが録画できたわけでも、テープを残しておけたわけでもありません」
ウォルター「カラオケ」
インテグラ「NON 田舎で身近な存在ではなかった。そもそもカラオケ行ってアニソン歌うような友達もいなかった」
インテグラ「音楽CD」
ウォルター「NON CD再生機器を手に入れたのは高校のころ。この年代以前の作品こそが大事なのに遅すぎます。加えて貧乏でCDもろくに買えていません」
ウォルター「裕福かつオタクな友人」
インテグラ「NON そんな便利な存在がいれば苦労はせん。そもそも友達の絶対数が少ない」
田舎、家が貧乏、友達がいないというヘレン・ケラー(三重苦)。
まさしく無理難題だな。
ウォルター「いえ、あります。恐らくこの世でただひとつ。その無謀をかなえる方法が」
その方法とは、忘れないように唄い続けることです。
アニメソング民俗学
私は友人たちと、アニメソングのレパートリーを定期的(日常的)に唄うことで記憶を保っていました。
脳内――記憶にしか曲が存在していない以上、取り出す方法は唄うしかありません。
これはもうほとんど、民謡や民話の口伝の世界です。
こうした「忘れないため」の方法を取りつつ、すでに忘れてしまった曲を「思い出す」努力もしていました。
その方法とは、曲を覚えている人に目の前で唄ってもらうことです。
友人「あのアニメのOP曲を覚えている人が、うちのクラスにいたよ!」
そう聞きつけると、休み時間にそのクラスへ出かけ、目の前で唄ってもらいました。
友達でも何でもないのに!(今から考えると、よくみんな唄ってくれましたね)
それを聴いて記憶の糸をたぐり寄せながら思い出していくのです。
もうほとんど老婆を訪ねて昔話を集める、民俗学のフィールドワークみたいな感じです。
私は『聖戦士ダンバイン』のED曲「みえるだろうバイストン・ウェル」を忘れていた時期がありました。
そこでED曲を知るという集落の長老を(同級生の中から)見つけてきて、目の前で唄ってもらいました。
このとき「…あー!妖精が走ってるやつか!」と唐突に思い出して、途中から一緒に唄った覚えがあります。
まさに、思い出せない。そんなことない。少しとびらをひらくだけで記憶をのぞけたのです。
映像とセットで記憶がつながる感覚……あれは快感だったな。
アニメソングは映像とセットになって記憶されているので一緒に思い出しやすいんですよね。
曲の途中が思い出せないときに、映像を先にイメージして、それに乗る曲を思い出そうとするときもあります。
逆に「あのアニメ、昔好きでよく見てたんだけど、歌が思い出せなくて…」というご依頼にお答えして、友人相手に唄ったりもしていました。目の前で記憶がよみがえって笑顔になるのを見るのはなかなか楽しいものです。
そうはいっても上には上がいます。私も呆れるほどよく曲を知っているというレベルではありませんでしたので、私の知らないアニメの場合、一緒にアニソン民俗学をやっていた友人を当たってみたり、それでも分からなければ捜索対象リスト入りとなり、捜索の結果「知ってる人が見つかったぞ!」となるわけです。
こうして曲(昔話)を求めて老婆を訪ねるようなことをするのは、今の時代からすると意味が分からないでしょうが、欲しい情報が誰かの記憶の中にしか無い、という状態はかつてあったのです。
記憶だけを集めてつくる、歪んだWikipedia
もっとも、私たちよりひとつ上の世代のオタクだと、もう大人になっていたりして早くから自分のビデオデッキを手に入れたり、資料やデータを揃えたりもできたと思います。
ただ、あのとき田舎の子供だった私にはかなりどうしようもないことでしたし、そもそも、この一連のフィールドワークも、オタク的な活動という意識が全くありませんでしたけどね。
TV番組の曲とかアニメ以外でもやっていましたし、純粋に面白いものが記憶の中でただ失われていくのを何とかしたいというだけ……いや、それがオタク気質なのかも知れないけれど。
今は情報の質や権利的な問題もありますが、YouTubeなどで貴重な動画もいつでも見ることができますし、Wikipediaでひと通りの情報は手に入ります。
私はこれについて「昔はよかった…」「最近の若いものは…」とは全く思いません。
今の状態はうらやますごい。
当時、Googleがあれば私も真っ先に検索していたでしょう。それができないから自分たちなりに方法を探しただけの話。だから、私たちの苦労は基本的に単なる笑い話です。
ただ、アニメソングを口伝で伝え合ったり、複数人の記憶を統合して失われた一曲を復元したり(正しい歌詞を巡って議論が起こる)という状態自体が、今から考えると面白いなと思います。
当時はネット社会はもちろん、マイナー作品までひと通りBOXセットが発売される未来は想像していなかったので、もう死ぬまでに二度と見ることができないかも知れない、と漠然と感じていました。
だから記憶としてしか存在しないアニメを忘れないようにみんなで歌を唄ったり、キャラクターを落書きしたり、覚えているエピソードを言い合ったりした。
それはみんなの記憶だけを集めてつくる歪んだWikipediaであり、もっといえばひとつの神話・伝承の構築といえるかも知れません。
異世界でつくる『機動戦士ガンダム』Wiki
今現在、そのおもしろ不自由な状況を再現するには、現世界から断絶するのがいちばんてっとりばやいかも知れません。
無人島に漂着でもいいですし、いっそ異世界に召喚されてしまうのもよいでしょう。
異世界に召喚された私は、『機動戦士ガンダム』を忘れないようにするために、全43話のリストをつくり、キャラクターとMSを思い出せるだけメモし、忘れないように主題歌なども唄うでしょう。
つまり記憶Wikipediaと記憶YouTubeのデータベース整備を進めるわけです。
しかし私ひとりで、どこまで精度の高いデータベースを構築できるのか…もともとデータに強くないので自信がない。皆さんはどうですか?
ですから月日が流れ、もし新たに日本人が異世界に召喚された場合、「今、日本はどうなっている?首相は?国際情勢は?」の前に「マチルダさんにミデアの修理急かされたの誰だっけ?」と尋ねるに違いない。
(「え?なに?マチルダ?ミデア?」と返事が返ってきたら、舌打ちしながら、次の召喚者を待つ)
そして異世界人は、私たちが整備したデータベースを、ひとつの神話体系として、口伝で伝えていく。
神そのもの(本編映像)はどこにもなく、ただそれを説明・表現しようとした神話だけが残っていく。
……というような話がでっち上げられるかも知れない。
『∀ガンダム』のホワイトドール神話もそのようなものだけど、あれは神話として残ったあとの世界。
これはそれ以前、データベースを集めるために記憶だけを頼りにあれこれあがく話。
まあ、ガンダムは例えなので、音楽でも、野球でも、お笑いでも、何か体系と歴史があるものなら題材として面白そうですけどね。
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部族に伝わる歌
テレビもねえ。ラジオもねえ。そんな未開の部族の若者の一人に、彼らが絶対に知るはずのない「サクラサクラ」を歌って聞かせるところからはじまるこの企画。
その未知のメロディをいたく気に入った若者は、あっという間にその歌を吸収し、撮影チームのクルーたちに混じって歌い始めます。
そして村に帰った若者は、仲間たちにもこの“新しい歌”を伝え始めるのです。
それから一年後、撮影クルーが再び彼らの集落を訪れると、元の曲からは大幅にアレンジされた「サクラサクラ」を歌う若者を発見しました。
「あ!僕達が教えたその曲、覚えててくれたんだ!」とスタッフが喜んで声をかけると、しかしその若者はこんなふうに答えました。
「この歌は俺達の村に100年前から伝わってる由緒ある歌だ。お前たちに教わった覚えはない。」と。
たった一年の時間の中で、人から人へ伝わる間に「サクラサクラ」は見事に彼らの文化に吸収され“彼らのもの”となってしまったようでした。
おもしろ先行の企画だったような気もするし、学術的根拠みたいなものがあるかどうかはわかりませんが、なんだか個人的にすごく印象深い番組でした。
「サクラサクラ」じゃなく、「レイズナーのOP」とかを聞かせていたらどうなっていたのでしょうか。
冒頭の「ダッダ…、ダダダダダッ!」の部分とか、中盤で入るカットインとかを彼らがどう再現してくれるのか、そんなことを考えるだけで楽しくなってしまいます。
「誰か説明してくれよッ!」ってセリフだけ妙に発音が良かったり…なんて。
Re: 部族に伝わる歌
これは非常に面白い話ですね。
大変興味深いですし、確かに記事を書いているときにイメージしたものに近いですね。
> それから一年後、撮影クルーが再び彼らの集落を訪れると、元の曲からは大幅にアレンジされた「サクラサクラ」を歌う若者を発見しました。
> 「あ!僕達が教えたその曲、覚えててくれたんだ!」とスタッフが喜んで声をかけると、しかしその若者はこんなふうに答えました。
> 「この歌は俺達の村に100年前から伝わってる由緒ある歌だ。お前たちに教わった覚えはない。」と。
>
> たった一年の時間の中で、人から人へ伝わる間に「サクラサクラ」は見事に彼らの文化に吸収され“彼らのもの”となってしまったようでした。
ここがいいですね。曲のアレンジだけではなく、曲の生まれについての物語が付け加わっている。
自分たちのものにするために必要な過程なんでしょうね。
> 「サクラサクラ」じゃなく、「レイズナーのOP」とかを聞かせていたらどうなっていたのでしょうか。
> 冒頭の「ダッダ…、ダダダダダッ!」の部分とか、中盤で入るカットインとかを彼らがどう再現してくれるのか、そんなことを考えるだけで楽しくなってしまいます。
> 「誰か説明してくれよッ!」ってセリフだけ妙に発音が良かったり…なんて。
セリフ部分が異常発達するんじゃないでしょうかね。
「偉大なる神メロスに今日の獲物を捧げる!」LONELY WAY
「今日、帰りに市場であれ買っといて!」LONELY WAY
「そこの若いの。わしの話を聞いとくれ」LONELY WAY
みたいな感じで。