ドラクエ的な世界をベースに、勇者と魔王が手を組んで世界を変えようとする物語。
アニメ化以前から、さまざまな意味で話題になっていた作品です。
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私は原作については全くの未読なので、アニメが初見になります。第2話まで見ました。
アニメ化されたことを契機に、物語の中で魔王と勇者コンビが目指す、「丘の向こう」というキーワードについても、再び色々と考察や批判がされているようです。
このキーワードはテーマを反映した重要なものらしいのですが、アニメでも第1話で登場したことで、私にもその重要性が分かりました。
そもそも「丘の向こう」での「丘」とは一体何をさすのか?
このブログを読んでいる賢明な読者諸氏には恐らく説明する必要すらないと思います。
そう、これは「おっぱい」のことでまず間違いはありますまい。
例えば、アイルランド南西部マンスター地方に「ダヌ(アヌ)の丘」と呼ばれるふたつの丘があります。
これはケルト神話に登場する、ダーナ神族の大地母神ダヌの乳房だと言われています。
大地からゆるやかに盛り上がったふたつの丘は、母なる女神のおっぱいだということですね。
さらに香川真司が所属するプレミアリーグのサッカークラブ「マンチェスター・ユナイテッド」のホームタウン、マンチェスター。この街の名の由来は、Wikipediaによると、こうです。
マンチェスターという名の由来は、古代ローマの領土だった時代のラテン語名「マムシアム(Mamuciam)」(ケルト語の地名「mamm」をラテン語風に読み替えたものであり、元の意味は「胸」「乳房のような丘」ではないかと思われる)と、古英語の「ケステル(ceaster)」(ラテン語で駐屯地や城を意味する「castra」から来ており、町という意味)を合わせたものである。
言うなれば、マンチェスター=おっぱいタウンであり、マンUのライバルであるマンチェスター・シティは、おっぱいタウン・シティ・フットボール・クラブ。
とにかくまあ、ゆるやかな丘陵に生命を育む女性の胸を見出すということを、古代から人類はしてきたわけですね。
すなわち「丘=おっぱい」であり、「丘の向こう」=「おっぱいの向こう」ということになるわけです。オーバー・ザ・おっぱいです。
これは全人類(特に男性)にとって哲学的な問いである、とさえ言っていいでしょう。
あなたは「丘(おっぱい)の向こう」側に何を見るだろうか。やわらかな草原?危険なクレバス?刻の涙?確かにこれは重要なキーワードですよ。
アニメ版『まおゆう魔王勇者』に出てきたおっぱい様……いや魔王様も「丘のむこう」を見てみたいと言っていました。
そりゃ見えないでしょう。あんなに大きな丘があったら。角度によっては完全に死角になるよね。
しかし、そこは魔王様。チート的な21世紀レベルの知識を使って、「紅の学士」を名乗り「丘のむこう」を見に行くようです。
魔王だなんて思ったら、大間違いよ、女の子。
ふたつの胸のふくらみはなんでもできる証拠なの。
これはもう魔王(紅の学士)を応援する「双丘紅蓮隊」を結成するしかないな。
さあ、行こうぜ。「おっぱいの向こう側」へ。
※ちなみにWikipediaによると『蒼穹紅蓮隊』のキャッチコピーは「死角なし!」だそうです。
大いなる力による干渉は、世界から排除される
こんなにいっぱいおっぱいと書いたのは生まれて始めてだが、書きたいことはほぼ書ききった。
さて、ここからは長い長い余談・雑談を書いていくことにしましょう。
全部読まなくても成立するので、好きな人だけ、お好みのパートに付き合ってくれればよろしい。
先ほど出できた、女神ダヌはダーナ神族(トゥアハ・デ・ダナーン)の母神ですが、ダーナ神族はのちにアイルランドにやってきたミレー族との戦いに敗れ、地下などに住む小さな妖精ディーナ・シーとなりました。
妖精ディーナ・シーといえば、『聖戦士ダンバイン』に登場するオーラバトラー「ダーナ・オシー」のネーミング元になっていますね。
他にも妖精の名前から多くのネーミングがされています。レプラカーン、ビアレス、ゲア・ガリング、スプリガン、パットフットなどなど。
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『ダンバイン』では、ロボット工学の天才ショット・ウェポンが異世界バイストン・ウェルに召喚されます。
『まおゆう魔王勇者』のように、現代レベルの知識を持った人間が中世レベルのファンタジー世界であるバイストン・ウェルで一体何をしたのか。
オーラバトラーと呼ばれるロボット兵器を開発して、ドレイクの野望に手を貸し、バイストン・ウェル全体に戦乱を巻き起こします。
その結果、妖精の長によって、全てのオーラマシンとそれに関わるものがバイストン・ウェルから排除され、ショット本人も最終的に重い重い罰を受けます。
『戦国自衛隊』しかり『アーサー王宮廷のコネチカット・ヤンキー』しかり。
よそ(未来)から来て、その世界から大きくはみ出る力を使ったものは、世界から排除されるパターンが多いですね。(というか、そうで無いとオチづらい)
『まおゆう魔王勇者』の魔王は、魔族だから人間とは違う種族とはいえ、よそものではなく同じ世界の住人ではあるので、そこが力の方向性に補強を与えているのかも知れません。
そういえば以前、『ダンバイン』と『アーサー王宮廷のコネチカット・ヤンキー』を一緒に考えると面白いかも、というメモを書いたことがありました。今日はバイストン・ウェルへの世界干渉について、あれこれ考えてみましょう。
アの国宮廷のカルフォルニア・オージー
『アーサー王宮廷のコネチカット・ヤンキー』は、『トム・ソーヤーの冒険』でおなじみマーク・トウェインの小説。
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コネチカット州のアメリカ人ハンク・モーガンが、アーサー王時代のイングランドにタイムスリップする。
技師の父親と獣医の叔父によって、両方の技術を持ったモーガンは「ボス卿」を名乗り、キャメロットのアーサー王宮廷で、その科学知識を活かして社会改革に取り組む。機関銃のような兵器も作ったりして、いわばショット・ウェポンが、アーサー王の配下になるような話ともいえますね。
「ボス卿」の改革は一旦は成功を収めるが、その後、彼自身がアーサー王伝説をなぞるような数奇な運命を辿ります。
フランスへ旅行している間に情勢が変わり、教会の陰謀により内戦が勃発。イングランドに戻ったときには全てが終わり、教会が国を支配していた。
教会に扇動された軍勢を機関銃など科学技術を駆使して退けたボス卿ですが、負傷し、最後は彼のせいで地位を落とした魔術師マーリンによって、現代まで眠らされ、未来へ追放されてしまいます。
負傷してアヴァロンに運ばれたアーサー王が、いつか未来で目覚めるため眠り続ける伝説を再現したような形で物語は終わります。
アーサー王宮廷に近代のテクノロジーを導入するけれど、最終的にその時代に排除されてしまいました。
その意味では改革は失敗に終わったことになりますが、これはタイムスリップ物でおなじみ「歴史の復元力」。
過去で主人公たちが何かしても、大きな歴史は特に変わらない(ことにしないと現代の収集がつかない)。
逆に言えば、世界が過去でなく、異世界であるなら「歴史の復元力」は適用する必要がありません。
『ダンバイン』の舞台バイストン・ウェルもそうした世界のひとつです。
そこで、バイストン・ウェルの各国に1名ずつ、地上のスペシャリストを配置するのはどうでしょうか。
『聖戦士ダンバイン』では、ロボット工学の天才ショット・ウェポン(と野心あるドレイク)という、ロボットアニメ構造のためのスペシャリストでしたが、ここではバリエーションを作りましょう。
例えば、4人であれば「軍事・戦闘」「政治・経済」「科学・技術」「文化・芸術」のスペシャリストという具合。
どの地上人が召喚されるかで、きっとその国の行く末が大きく変わる。
はたして、どの地上人が来た国が、幸せに近づけるのだろうか。
『ダンバイン』というか、バイストン・ウェル舞台のゲームはこういうものをプレーしたいですね。
バイストン・ウェル・シヴィライゼーション
そこで『バイストン・ウェル・シヴィライゼーション』!
前述のバイストン・ウェルゲームのエッセンスは『シヴィライゼーション』 (Civilization) である程度再現できるはずです。
『シヴィライゼーション』は、人類文明の歴史と発展をテーマにしたシミュレーションゲーム。
私は『Civilization IV(Civ4)』しかプレイしたことが無いので、Civ4をもとに話を進めます。
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『シヴィライゼーション』を知らない方は、人生の幸福度マイナス(精神衛生プラス)なので、ぜひプレイしましょう。
私は小・中学生のために、クラス30人でプレイする『シヴィライゼーション(アカデミック版)』をつくって、クラス全員でプレイしたらいいんじゃないかな、と思っているぐらいです。
教師(北野武)「今日は、皆さんにこのゲームで殺し合いをしてもらいます」
ゲームプレイ自体も勉強になりますが、プレイ後に、現実の歴史をどうルールやシステムに落としこんでいるのか、Civのゲームシステムを分解していくことがそのまま歴史の勉強になる。もちろんゲームだから省略やデフォルメも多いが、歴史や文明の成り立ちの基本構造を先に飲み込んでおくメリットの方が大きい。
それにクラス全員でCivをプレイすること自体の絵面がオモシロすぎるから、導入すべき。
女子「ちょっと男子ー。『貴公の首は柱に吊るされるのがお似合いだ』とかやめなさいよー」
女子「由美ちゃん、泣いてるでしょう?」
女子「男って、本当に戦争バカね」
男子「うるせえなー!ブス!」
男子「防備を疎かにして、ブロードウェイとか作ってるのが悪いんだろ!」
男子「いいから、女子の文明は全部滅ぼそうぜ」
女子「うちらの方が現時点で人口多いってこと分かってる?」
女子「由美ちゃん泣かした件で国連決議するよ?」
あかん。こっちの方が楽しくなってきた。話を『バイストン・ウェル・シヴィライゼーション』に戻す。
『シヴィライゼーション』では、文明の発達と共に「偉人ポイント」が蓄積され、それが一定に達すると「偉人」が誕生します。
「偉人」は、歴史や文明に影響を与えるほどの偉大な個人で、以下の7種類の「偉人」がいます。
・偉大な預言者
・偉大な芸術家
・偉大な科学者
・偉大な商人
・偉大な技術者
・偉大な将軍
・偉大なスパイ
「偉人」は、新しいテクノロジーを発見・発明したり、後世にまで影響を与える施設を作ったり、文明の黄金期を招いたり、人類の歴史に偉大な業績を上げ、役割を終えて消えていきます。
この「偉人」システムを使って、バイストン・ウェルゲームをやりましょう。
『シヴィライゼーション』と同じく、ドレイク・ルフトやシーラ・ラパーナなど各国の指導者が、自国を発展させ、文明の覇権を競います。
文明志向は、ドレイク(攻撃/帝国)、シーラ(創造/カリスマ)とかでしょうか?
タイムスケールは、さすがに6千年以上をプレイするわけにはいかないので、色々デフォルメすることになるでしょう。
「偉人」はもちろん「地上人」に。
「召喚ポイント」を溜めることで、新たな地上人を召喚できるわけです。
「召喚ポイント」だけでなく、妖精エ・フェラリオも必要なことにしてもいいのかも知れない。Civ4だと「資源」の変形のような形だろうか。
ショット・ウェポンやゼット・ライトは「偉大な科学者」「偉大な技術者」になるでしょう。
オーラマシンに必要なテクノロジーを発明したり、オーラバトラー工房を建設したり。
それ以外にも「芸術家」や「商人」「スパイ」の地上人も召喚できますが……実際のところ、オーラマシンに釣り合う価値がゲーム的に与えられないと思うので、オーラマシンの扱いをどうするのか悩みますね。資源(筋肉繊維や甲殻)や前提技術を色々工夫する必要があるでしょう。
オーラマシン開発の技術そのものは、独占ではなく結局世界に拡散するでしょうから大丈夫。
『Civ』でも『ダンバイン』でもそうですからね。
ショウ・ザマやトッド・ギネスは軍事に貢献する「偉大な将軍」。名前は当然「聖戦士」。
このゲームだと、オーラマシンに搭乗して、戦争で活躍することになる。
ポイントは「偉人」がそうであるように「地上人」も役割を終えたら、バイストン・ウェルから消えること。
「地上人」の召喚は、バイストン・ウェルを幸せにするのか。正しいことなのか。
そんなことは、このゲームでは扱わない。ただシステムとして存在しているだけだ。
ただ、ゲームでなくお話であるならば、偉大な個人より、どうでもいい人がバイストン・ウェルに召喚されるような話の方が興味があります。
そのうちのひとつを以前書いたことがあります。
多分、誰も覚えてない(読んでない)と思うので、少し修正して再掲しましょう。
バイストンウェル・ベースボール・クラシック(BWC)
お話の概要はこんな感じです。
■概要
召還される主人公は高校教師。
彼は異世界から来た聖戦士として、バイストン・ウェルの人達から何かを求められるが、平凡な自分には与えるようなものが何もないことに気付く。
しかし、呼ばれたからには何か役割があるはずだし、なにより何もしないのでは聖戦士の立場も危うい。
そこで主人公は自分にできることとして、元高校球児、現在は野球部顧問の経験を生かし、人々に「野球」を教えることにした(体罰抜きで)。
という設定のお話。
つまり、バイストン・ウェル・ベースボール物語。
野球を教えるといっても、バイストンウェルの人は誰もそのスポーツを知らないし、道具もない。
グラウンドやバットやボールを作り、メンバーを集めるところからはじめなければならない。
オーラバトラーとかは出て……これないかな。これは。
もちろん『ROOKIES』や『大正野球娘』がやりたいわけではないし、単に野球を知らない土地へ野球を伝えるというだけではアフリカ奥地の村を舞台にするものと変わらなくなってしまう。
何かバイストンウェルならではの話の軸が必要になりますね。
とりあえず、ここでは、主人公が呼ばれた国と、その隣の国が緊張状態にあることにし、主人公は隣国との戦争を「野球」で解決できないかと画策することにしてみよう。
「野球」で問題が解決できれば、主人公の勝ち。
解決できずに「戦争」へ突入すれば、主人公は聖戦士として隣国の兵士をおおいに殺すことを求められるだろう。
それが出来なければ死ぬし、それを拒否すれば、お前は聖戦士ではないとして味方に殺されるかも知れない。
なんとか「野球」で、戦争を回避しなければいけない。
そこで戦争の代替物として、お祭りとして、ゲーム(試合)することを肯定的に使う。
「平和を作る」のではなく、争う心自体は否定せず、その代わりに「死人が出ない戦争」を導入させるという視点にする。
その意味では、野球が何らかの神聖な儀式であるというハッタリを、聖戦士の立場を利用してつくる必要があるかも知れない。
聖戦士と野球を利用しようとする王族、戦争回避できるなら手段は何でも使いたい政治家、野球の存在を邪魔に思っている軍人なんかも必要でしょうか。主人公と野球を巡って、さまざまな立場での思惑が交錯します。
主人公は、監督としてチームを鍛える一方で、もちろん代表チームの一員としても試合に参加します。
いわば聖戦士は、助っ人外国人選手のようなものですからね。
もちろん試合の相手である敵国にも、監督兼選手の助っ人地上人がいます。
それは誰か?……レッドソックスのお膝元ボストン出身のトッド・ギネス!
かくしてWBCならぬBWC(バイストンウェルクラシック)の火蓋がきって落とされる!
線審がショウを呼ぶ!「君、ちょっとこっち来なさい」
……という感じ。
バイストン・ウェルものとしては、外伝というか番外編みたいなものになってしまうかも知れませんが、こういう地に足がついているようなタイプ(地味の言い換え)も悪くないな、と思うんですけどね。どうでしょう?
個人的にはサッカーが好きなのだけど、物語の中でサッカーを表現するのは難しい。
サッカーの方が戦争との相性は圧倒的にいいのですが、相性が良すぎて、現実でもサッカー・ワールドカップが世界規模の代理戦争のようなことをすでにしているので、あえて野球のほうがいいかも知れない。
基本的に野球は敵チームとのボディコンタクトが無いので、そのことも今回の話には向いているでしょう。
■話の落とし所
話としては、野球の試合を中心にしながら並行して進む暗殺計画だの何だのを処理しながら、最終的に野球で戦争が何とか回避できるんでしょう。
問題はそのあと。
両国は野球を戦争の代替物として利用しながらも、本当に野球が面白いので、いつしか野球そのものが目的になっていく。
毎年開催することが両国間で決められ、そのため両国では野球が人気の競技となり、いつのまにか二国間での練習試合や人的交流もはじまり、崇高な儀式だったはずが、結果的に単なるスポーツに成り下がる。めでたく「成り下がる」。
この話は多分、野球がただの人気スポーツに「成り下がる」ことがハッピーエンドになるはずです。
地上人の召喚もいつしか、プロ野球で外国人助っ人を連れてくるのと変わらなくなってくる。
「打率2割4分。ホームラン6本。……今年の聖戦士はハズレじゃな。」
ハズレ聖戦士は、1シーズンで契約を打ち切られ、地上に返される。
もちろん、二つの国が以前より特別仲良くなっているわけでもない。
でも、どちらかの国が急に戦争で滅ぼされることはないのではないか。
野球をきっかけに両国の民間交流が進み、文化・経済的にも価値のあるものになりつつある。
それに国家が二つないと、国を背負った代表チームで戦う楽しみがなくなってしまうからね。
「来年はギタギタにしてやる」と思いながら、お互いの国は今日も野球に励む。
という感じでどうかな。なんかレベルEみたいになってきたな……。
野球を代理戦争にしたままだと、戦争と変わらないので、何とかその構図は崩したいなあ。
二つの国が楽しく堕落してくれたらいいんだけど。
主人公は誰かな。ダルビッシュ有?
冗談ではなく、『ガーゼィの翼』や『リーンの翼(OVA)』を見れば分かるように、ダルビッシュはバイストンウェルで聖戦士やる条件が揃っているんですよね。
翼を顕現させたハイジャンプオーラ魔球でも投げてもらおうかな。
それをハイパーオーラ打法で打ち返す。いやジャコバ流星打法にすべきかな?
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テンプレートとしてのバイストン・ウェル
自分でも思うのですが、これら私のネタはあまりバイストン・ウェルである必然性がありません。
別のファンタジー異世界でも用意して、そこで展開しても成り立ちます。
ではなぜバイストン・ウェルを舞台にしてネタを考えるのかと言えば、異世界のテンプレートとしてバイストン・ウェルを借りているのです。
純粋に自分が考える物語の舞台としてバイストン・ウェルに間借りさせてもらっている感じなので、『ダンバイン』の二次創作的なことに興味はありません。
ゆえに私は富野由悠季が考えるバイストン・ウェルを再現しようとは全く思っていない。
それはある意味で失礼なことなんだろうな、とは思います。
だけど私のような人間がいることを許されないほど、バイストン・ウェルが狭い世界だと全く思っていない。
要するに、現実逃避するための心の王国としてバイストン・ウェルを借りているのです。
ヘンリー・ダーガーのように自分の王国を作れたらいいのかも知れませんが、作る能力がないのです。
でも作る能力がない人間にも、心の王国は要るのです。
バイストン・ウェルというファンタジー世界はとても広くて、私の小さな国を置いておくスペース程度ならいくらでもある、というのが私のバイストン・ウェルに対する敬意と言えます。
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私と違って世界を作る能力が無いわけでなく、会話文で進む2ちゃんねるでの即興小説が基ですから「ドラクエ的世界」の一言で世界説明を可能な限り省略しているわけです。「魔王と勇者」についてもそうですね。名前は不用なのですが、役割と関係性だけは必要です。
私は趣味でゲームアイデアとか考えたりしますが、それを友人に話すとき、大抵は「勇者と魔王」で説明します。
友人からは「……また勇者と魔王か」と言われたりしていますが、別に「勇者と魔王」が好きなのではありません。
その抽象化された役割と関係性と世界が説明に便利なので、特定の世界観を必要としないアイデアレベルでは良く使っているわけです。
そういう意味では、『まおゆう魔王勇者』の「勇者と魔王」の使い方には勝手にとても親近感を覚えますね。
これからどうなるのか、先の展開を知らないだけに見守っていきたいと思います。おっぱいの行方を。
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