ただいま地球方面へ向かって進んでおります。地球に激突するかどうかはまだわかりません。
このとき、小惑星は画面の右・左どちらの方向へ向かって進んでいるでしょうか?
また、If もしも、地球にこの小惑星が落下してしまうとしたら、小惑星は画面の右下・左下どの方向へ落ちていくでしょうか?
何かの心理テストのようですが、この先の話がより楽しくなると思いますので、ここで少しイメージしてみてください。
……脳内の宇宙に、小惑星が横切りました?
では、いきましょう。
富野由悠季監督の映像技術書『映像の原則』が、『映像の原則 改訂版』として発売されることになりました。『映像の原則』は2002年出版だそうなので、10年後での改訂ということになるようです。
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内容は本当に「原則」の話なので、読んでから実際に映像を扱ったりしないと、本当の体感として自分のものにならない類のものだと思います。
発売当初にとりあえず頭に入れただけの私は内容が身につかず、すっかり色々と忘れてしまいました。
改訂版は、追加もあれば、読みやすくもなっているそうなので、いい機会ととらえて、読みなおそうかなと思っています。
今回は、この改訂版の発売を記念して、ささやかながら応援企画『逆襲のシャア』で見る映像の方向性(上手・下手)をお送りいたします。
これは非常に重要で面白い「原則」の話です。
私自身、前述の有様ですので、もう一度勉強し直すつもりで書こうと思います。
はじめに:映像の方向性(上手・下手)って?
画面内の配置や向き、動きの方向性が意味を含むという視覚印象の力学に基づいた考え方です。
観客(視聴者)に対して、右側が上手(かみて)。左側が下手(しもて)になります。
上手は、上位(ポジティブ)の傾向。下手は、下位(ネガティブ)の傾向をもちます。
画面の右にいるか、左にいるかというのは偶然ではなく、「原則」に基づいた意味がちゃんとあるよ、ということです。
上手と下手の関係(イメージ)を、分かりやすくなるようにまとめてみました。

※単純化するために、左右の要素だけに絞っています。
※これらはあくまで原則のイメージであって、状況や流れによって使い分けられますし、例外もあります。
ピンと来ない方には、マンガを想像してもらうのがいいんじゃないかと思います。
日本のマンガは、右から左(←)へコマとページが進んでいきます。
ページが左へ進むということは、物語のゴールは左方向にあることになりますね。
現在見ているページやコマを基準にすれば、右側が過去、左側が未来、とも言えるでしょう。
主人公は、物語のゴール目指して行動しますから、右側から左(未来)を向いて、進みます。
それに対抗する敵役は、左側から右を向いて、主人公と激突するのが自然であり、基本になります。
マンガは方向性が決まっているメディアですので、映像より分かりやすいですね。
上手・下手(右と左のちがい)については、メディア(映像・演劇・マンガ・ゲームなど)、歴史、文化によっても色々とややこしかったりしますが、視覚的に物語を進行する際に、方向性に一定のルールを設定することで、スムーズで気持ちよく、理にかなったものになるということは確かです。
恐らくそれこそが重要で、右・左のそれぞれの意味がどうというより、映像を何らかのルールでまとめあげることが有効であり、また必要であるということなのだと思います。
マンガのように進行方向が決まっているメディアと違い、映像の場合は、作り手がより自覚的に上手と下手を設定して、方向性や、移動の変化などを考える必要があります。それを富野監督がまとめたものが上記の「原則」ということになるでしょう。
今回のサンプル『逆襲のシャア』について
では、この原則を基に実際の作品を見ていきますが、私は映像に関しては素人ですので、映像の技術や演出論を語ることもできないし、そのつもりもありません。
あくまで『映像の原則』を読みながら、『逆襲のシャア』を見てみると楽しいよ!というお話です。
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『逆襲のシャア』は、原則に基づいたダイナミックな映像のベクトルが楽しめる、とてもすばらしい作品です。今回の紹介サンプルとしてはちょうどよいと思います。映画なので短くて見やすいのも選んだ理由です。
上手・下手の話をベースにしていますが、ひとつの画面内の配置というよりは、どちらかというと全体構図と移動方向の話の方がメインになっているかも知れません。
それは私の興味がそこにあるからですが『逆襲のシャア』では全体の流れを踏まえた上で、個々のカットを考えた方が分かりやすいからでもあります。
では早速、『逆襲のシャア』のオープニング。「5thルナ落とし」を見てみましょう。
オープニング:5thルナ落とし
『逆襲のシャア』は、「5thルナ」という小惑星が地球へ落ちるかどうかの瀬戸際の状態で始まります。
オープニングでの映像の上手・下手、方向性はどうなっているでしょうか。
それを確認するために、5thルナ落としの構図をまとめてみました。

※これは宇宙空間のマップではなく、映像の上手・下手、方向性、全体の流れを図にしたものです。
これを見て分かるように、オープニングでのアムロは、上手(右)側で、左を向いて戦っています。

アムロはファーストガンダムの頃から、ランバ・ラルのグフとの斬り合いも、ジェットストリームアタックも、上手側で戦っています。オープニングでのこの戦いは、主人公アムロの紹介として、基本通りの構図ともいえますね。
対するギュネイは、そのアムロを迎え撃つ敵役として、下手(左)側で戦います。

これは、2人のパイロット技倆(強弱)の差でもありますし、主役であるアムロと、敵役のひとりに過ぎないギュネイというキャラクターの格の違いでもあるでしょう。
ここではむしろ、5thルナと地球の位置関係の方が重要です。
5thルナは下手(左)側。地球へ落ちようと、左から右(→)へ進んでいます。
極めて自然なもの、強いもの、大きいものは上手という原則がありますので、地球は上手(右)側に配置されています。

左上から右下へ向かう5thルナと、ギュネイの援護に向かうサザビー(画面奥は5thルナ)。
アムロは5thルナ落下を阻止しようと、いわばヒーローの位置で戦っていたわけですが、核エンジンによる加速も始まり、シャアも赤いサザビーでギュネイの援護に現れ、健闘むなしく5thルナは地球へ落ちることが確定してしまいました。
するとどうなるか。続いての5thルナ落下シーンにおいて、地球と5thルナの位置関係が変わります。

右上から左下へ落ちる5thルナ。左下から右上へ上昇するシャトル。
「落ちる」ものは右上から左下がいちばん自然なので、5thルナは、上手(強いもの)の位置に移動し、右上から左下へ落下します。その先にある下手(弱いもの)側が地球です。
上手から落ちてくる小惑星を止めるすべなどありません。
落ちることが確定した小惑星は右からくるし、右からくる小惑星は確実に落ちるわけです。
「右からくるぞ!気をつけろ!」「せっかくだから俺はこの赤いMSを選ぶぜ」としか言いようがありません。
このとき、すれ違いでクェスとハサウェイの乗るシャトルが地球から宇宙へ上がります。
下手のシャトルめがけて、上手から小惑星とその破片が落ちてきて不安を煽りますが、シャトルは左から右(→)の上向きの力で、何とか無事に重力圏を突破します。
5thルナはそのまま地表に激突し、大きな被害が生まれてしまいました。
5thルナの地球への落下が確定したことで、位置関係が入れ替わるのが面白いところですね。
この位置関係の力学は、アクシズと地球の関係として再度くり返されますので、5thルナ落としを「落下確定(ロンド・ベルの敗北)」パターンとして覚えておいてください。
もしアムロたちロンド・ベルがアクシズの落下を食い止めることが出来なかったとしたら、そのときアクシズは5thルナと同じように右上から左下に落ちていくことでしょう。この構図になったら負けです。
その後も、レズン隊に押されて劣勢の中で駆けつけるνガンダムの初登場や、ネオ・ジオンが条約違反をしてアデナウアー・パラヤのいる艦隊を一方的に蹂躙するシーンなど、あらゆる場面で位置関係と方向性を気にすると面白いのですが、キリがないので、ここでは5thルナとアクシズ、2つの小惑星に話を絞ります。
では5thルナ落としを踏まえた上で、後半のアクシズ落としを見てみましょう。
アクシズ落としの基本構図
『逆襲のシャア』の後半、ネオ・ジオンによる小惑星アクシズ落としが開始されます。
対するロンド・ベルはこれを阻止するべく、みんなの命をくれでおなじみ、決死のアクシズ落下阻止作戦を決行します。
「アクシズ落とし」での基本構図は以下のような形になります。

※これは宇宙空間のマップではなく、映像の上手・下手、方向性、全体の流れを図にしたものです。
見ての通り、上手側のいちばん右には母なる地球が鎮座しております。これは5thルナ落としと同じ。
小惑星アクシズは、下手である左から右(→)に向かっています。最も右に位置する地球へめがけて。
この左から右(→)への大きな流れが、このパートでの基本の方向性になります。

アムロ達ロンド・ベルは、アクシズのさらに下手(左)からアクシズを追いかけるように、左から右(→)に進みます。
地球とアクシズの関係で見ると、地球が右にいて上手側。アクシズが左で下手側。
ただアムロとアクシズの関係で見たときには、アクシズはアムロの右にいる上手側の存在になります。
地球とアクシズの間には何も存在しないので、逃げるアクシズに早く追いついて何とかしなければ、地球に落ちてしまいます!

もちろん、ネオ・ジオンも黙ってみていません。
クェスとギュネイを中心とした第一波が、右から左(←)へ出撃しますので、当然ロンド・ベル(→)と接触し、戦闘が発生します。

アムロの目的は、アクシズに取り付き、破壊することです。戦闘の勝利ではありません。
となればクェスやギュネイの撃破は目的ではないので、「子供に付き合っていられるか」とあしらって、とにかく前(→)へ進みます。
突破されたクェスとギュネイは、νガンダムを追って方向転換(→)、アムロを追いますが、ギュネイは撃破されてしまいます。
ひたすら前進したアムロが、ついにアクシズに到達する頃、真打ちとばかりにシャアのサザビーが登場。
ここから宇宙世紀の大一番、νガンダムvsサザビーの決戦がはじまります。
オールナイトアクシズ「Disりあい宇宙」
劇中空間での位置はもちろん、「強いもの」は上手から登場する原則がありますから、この戦争の仕掛け人、ネオジオン総帥のサザビーは堂々と上手からの登場です。
そのまま上手で攻撃を開始し、νガンダムは下手で応戦します。
このあたりは攻守、上手下手もめまぐるしく入れ替わり、2人の戦いはほぼ互角といったところか。

ところが戦闘途中、腹部のメガ粒子砲を放ったあたりで、サザビーがパワーダウンします。
シャア「ララァが死んだ時のあの苦しみ、存分に思い出せ」
アムロ「情けない奴」
シャア「何が」
シャア「貴様こそ、その力を無駄に消耗していると、なんで気がつかん?」
アムロ「貴様こそ」
シャア「パワーダウンだと?」

シャア「パワーダウンだと?」
アムロの目的はシャアの撃破ではありませんので、スキを見てガンダムを降り、アクシズ内部に潜入します。
無人となったνガンダムを見つける、いまだ上手側のサザビー。
絶好の機会ですが、無人のガンダムを破壊できるシャアであれば、ここまで来る前にとっくに勝利しています。当然のようにシャアもサザビーを降りて、アムロを追います。
(ここがシャアが勝利する最後の機会でした。画面構成上もそれが後に分かります。)

シャア「何?」「ガンダムを捨ててでもアクシズを内部から爆破しようっていうのか。させるか」
両者モビルスーツを降りてから、アクシズ坑道の中でDJアムロによるラジオ番組「Disりあい宇宙」がはじまります。
アムロ「世直しのこと、知らないんだな。革命はいつもインテリが始めるが、夢みたいな目標を持ってやるからいつも過激な事しかやらない」
シャア「…四方から電波が来る」
アムロ「しかし革命のあとでは、気高い革命の心だって官僚主義と大衆に飲み込まれていくから、インテリはそれを嫌って世間からも政治からも身を退いて世捨て人になる。だったら」
シャア「私は世直しなど考えていない!」
アムロ「…」
シャア「愚民どもにその才能を利用されている者が言う事か!」

この場面では、ここまでの左右の動きとは対照的に、タテ方向の動きが強くなっています。
アクシズ内部に潜るのですから、タテの動きになるのは当然ですし、これまでずっと左右のベクトルだった映像に、タテの流れという変化が生まれます。
物語としては前に進んでいないかも知れませんが、2人が直接、生身で接触し、会話する機会をつくることで、アムロとシャアの関係性をタテに掘り下げています。

坑道進入時。下へ(↓)。

坑道脱出時。上へ(↑)。
アムロに手痛い批判を浴びせられたシャアですが、アムロのDisにリアクションをとるだけで受け身。
感情的な反論はしますが、本質的な反論はできないまま、坑道から脱出します。
そして再びサザビーに乗り込んで戦闘が再開されたとき。
ここが転機、大逆転のポイントです。
逆転こそ我が命:サザビーの撃破
さあ!宿命の戦いもいよいよ大詰め。

外へ出てみると…あら?レウルーラも、ギラドーガもいつのまにか下手側の右向きに。
サザビーはその中の人であるシャア共々パワーダウンし、ついにはっきりとアムロに上手を譲ることになってしまいました。シャアは確実に敗者に近づいていきます。

シャア「サーベルのパワーが負けている?ええーい」「……なんと!」

タックルからの、なぐりあい宇宙。「君がッ!脱出するまで!殴るのをやめないッ!」
サーベルのパワーで負け(パワーダウンの証明)、腕をビームサーベルで斬られ(なんと!)、さらにパンチラッシュを浴びて(モニターが死ぬ?)、撃破されます。
戦いながらアムロとシャアはひたすら口論を続けますが、サザビーの2つの「パワーダウン」直前のやり取りは興味深いですね。その意味で、両者がモビルスーツを降りる場面は1年戦争ラストの再演というだけでなく、アムロ大逆転の「転機」としても非常に重要なものとして機能していると思います。
『逆襲のシャア』の最終構図
シャアを撃破した今、アムロの上手側にいるのはアクシズだけです。
アムロは、アクシズのさらに右側にまわって地球とアクシズの間に入り、アクシズを受け止め、押し返そうとします。

アムロ「アクシズほどーのー、石ころひとーつー…」

みんなでアクシズを押す。押してダメでも退いちゃダメ。
これが『逆襲のシャア』の最終構図です。
νガンダムは、左のはしっこからスタートして、ついに右のはしっこまでたどりつきました。
アクシズのはるか下手側にいたアムロが、最終的にアクシズの上手にまわって、下手から来るアクシズを止めるわけです。地球を背負いながらね。
ここまでの一連の流れは、この最終構図からの逆算になっています。
『逆襲のシャア』の最終決戦は、アムロがこの構図までたどりつけるかどうかの戦いともいえるでしょう。
そして、ずっと下手側だったアムロが、上手側にまわる転機となったのが、サザビーの撃破。
作戦失敗における大佐の罪はかなり重いかも知れませんね。
スーパーアムロブラザーズ
というわけで、『映像の原則』どおりに展開する『逆襲のシャア』後半戦を見てきました。
下手からスタートして最終的に上手にたどりつくアムロは、横スクロールゲームの主人公みたいなものと考えてもいいかも知れません。
わかりやすく、誰でも知っているようなファミコンの横スクロールゲームに例えてみましょうか。
ファミコンゲーム『六三四の剣』でいえば、六三四がアムロのνガンダム。逃げる十一(犬)がアクシズです。
六三四(アムロ)は、どんどん右へ進んで、十一(アクシズ)より先にゴール、すなわち地球へたどりついて、十一の上手にまわる必要があるわけで……もしかして『六三四の剣』は誰でも分かるゲームではないのでしょうか?
すみません。ぺっこ(ちょっと)分かりづらかったかも知れません。
例を変えましょう。
では正真正銘、誰でも知ってるゲーム『スーパーマリオブラザーズ』に例えてみましょう。
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どんどん右に進みます。急いでいるのでBダッシュも使いましょう。
ギュネイやクェスは、ハンマーブロスのようなものかも知れませんが、先を急ぐので倒すのにこだわらず、先へ急ぐとよいでしょう。(走りながら一匹は倒してましたが)
アクシズの坑道は、ステージの途中で入る土管の中にある地下世界のようなものでしょうか。
ここは、左から右(→)の地上ステージに対して、上下(↓↑)の関係にある世界です。再び地上にあがって進みます。
そうなると右奥で待ち構えているクッパ大王は、シャアのサザビーということになりますね。
なかなかの強敵ですが、倒すにはどうすればいいのか。
それはマリオをやったことがある人なら誰でもお分かりのとおり、クッパの右側へ行けばいいのです。
クッパの上手にまわり、斧を手にいれれば、クッパは溶岩へ落ちて行くしかありません。

『スーパーマリオ』は、『逆襲のシャア』のアムロのように、マリオが最終的にクッパの上手にまわることで勝利するゲームと考えても、なかなか面白いかも知れません。下手から冒険をはじめて、移動のダイナミズムを楽しみ、最終的に上手に回る(大逆転)というシステム。
アムロの下手スタートと、正面衝突パターンの可能性
それにしても、なぜアムロはマリオのように、こんな下手からスタートするのでしょう。
例えば、アクシズ落としを狙うネオ・ジオン→ ←地球を背後に阻止を狙うロンド・ベル
という構図も考えられます。
正面衝突のような形ですが、地球を攻撃する下手のネオジオンと、地球を守る上手のロンドベルというある種、分かりやすい構図です。
映像の原則に特別反しているわけではありませんし、この構図になったとしても、アムロの戦いは、クェス&ギュネイ→サザビー→アクシズ という順になるので、流れ自体も変わりません。
しかし映画では正面衝突はなし。アムロはアクシズのさらに下手側からスタートしていますね。
これには、いくつか要素があり、その全てが相互に作用すると思いますが、大きくは3つあると思われます。
ひとつめは、『スーパーマリオ』の例えで書いたように、移動のダイナミズムと、大逆転のカタルシス。
正面でぶつかりあう構図では、段取りは同じにできても、決定的にこれがありません。
アクシズは、地球に対して下手、アムロに対して上手と、別の面を見せながら、上手側に移動する(地球にとっては近づく、アムロにとっては逃げる)という存在です。これは正面衝突では表現できません。
ふたつめには、この映画がアクシズが地球へ落ちるのを阻止できるかどうかというある種のタイムサスペンス性をもつこと。
初期構図では、アクシズと地球の間には落下を阻止できるようなものは何も存在しない。
はたして、アムロ達ロンド・ベルはアクシズに追いついて、止めることができるのか?
タイムサスペンスを強調するには、アムロはアクシズを「待ち構える者」ではなく「追う者」である方がより効果的でしょう。
この映画において、シャアはアコギなことや条約違反もしつつ、戦略的には優位に立ち続けます。
ロンド・ベルのブライトやアムロ達は、ネオ・ジオンだけでなく、コロニーや、無能な連邦政府にも足をひっぱられ、常に不利な状態です。
5thルナもそれで落ちましたし、アクシズもアデナウアー・パラヤが譲渡してしまい、ネオ・ジオンの艦隊は、アクシズに駐留・護衛しながら、落下の工作を進めています。
『パトレイバー』ではないですが、ロンド・ベルがしていることは常に後手後手でしかありません。
すでに、ことが起こったあとの手遅れの対応なのです。
ですから、アムロ達が下手から、上手のアクシズ、ネオ・ジオンを追うという状況は、単なる画面上の配置や、映像の進行方向の問題だけではなく、映画での状況そのものの体現ともいえます。これがみっつめです。
この物語が展開した最後にあのラストシーンが来るとするならば、ロンド・ベルに正面からの艦隊激突をさせるというのは、「原則」に反していなかったとしても、構成上ありえないものだと思います。
やはりアムロのνガンダムは、下手側から上手のアクシズに向かわなければいけなかったでしょう。
まとめに変えて:ブリーフィングでの作戦画面より
今回は『逆襲のシャア』をサンプルに上手・下手や方向性についてみてきました。
画面が「原則」どおりの上手・下手になっている、というのは「原則」なのですから当たり前のこと。
問題は、その「原則」をどう利用して、わかりやすくて魅力的な構成を組み、映像を進行できるかだと思います。
それには画面内の上手・下手を見るだけでなく、その前後の構成まで含めて考えてみると面白いよね、と、あれこれ整理してみようとしたのがこの記事です。
『逆襲のシャア』が、『映像の原則』をもとに、極めて効果的で理にかなった構成と方向性でつくられている映画だということが、私自身改めて確認できました。
そもそも、ここまでキレイな直線的な構図でまとめられていること自体が、私には非常に面白くて。
実は、作戦前のブリーフィングのシーンでアクシズ破壊作戦のイメージがスクリーンに表示されています。

地球への落下軌道に侵入するアクシズを、ここのポイントで攻撃し、アクシズまたはノズルを破壊する。ダメならラー・カイラムをアクシズに接舷して内部から爆破する…と、当たり前ですが、アクシズの真後ろから直線的に追いかけるような単純な作戦でも構図でもありません。
でも宇宙空間で行われる、本来分かりづらいこの作戦を映像で表現する際に、あえて直線的に方向性を整理し、単純化しているんですよね。それこそ『スーパーマリオ』にでも例えられることが可能なほどに。
『逆襲のシャア』は、ガンダムの続編映画で、ガンダムをまったく知らない方には不親切なところも多い映画です。キャラクターや世界観、専門用語、モビルスーツなど、分からないことも多いでしょう。
ただ映画後半、アクシズ破壊作戦の流れや、敵味方、位置関係が理解できない人は非常に少ないのではないでしょうか。全体構図の画像を今回つくりましたが、あれを頭に思い浮かべるのは、見た人ならそれほど難しいことではないはずです。
それはこの映画が『映像の原則』をもとにして、わかりやすく、それでいてタイムサスペンスと、映像の方向性がつくる気持よさと、大逆転のカタルシスが充分に発揮されるように、構成を組んでいるからだと私は思います。
その見事さを体験するために、『映像の原則 改訂版』を片手に、『逆襲のシャア』を見直してみるのはいかがでしょうか。
■巻末付録:『逆襲のシャア』アクシズ落とし 詳細全体図
アクシズ落としの方向性と映像の流れをまとめた図の詳細版をつくってみました。
長い記事をここまで読んで下さった方への、ささやかなお礼というか、オマケです。
構造上、ヨコに長くなってしまっていますので、クリックして別ウィンドウでご覧ください。
『映像の原則 改訂版』と『逆襲のシャア』のお供にでもしていただければ幸いです。

※これは宇宙空間のマップではなく、映像の上手・下手、方向性、全体の流れを図にしたものです。
※完全に厳密ではなく画像作成の都合上、多少デフォルメしています。
『逆襲のシャア』関連記事
このブログの『逆襲のシャア』記事です。切り口がそれぞれ違いますので、よければご覧ください。
■なぜνガンダムはサザビーに「完全勝利」したのか
サザビーのサーベルはνガンダムを切り裂いたか <『逆襲のシャア』 νガンダムvsサザビー戦のルール>
■『逆襲のシャア』で起こった【奇跡】とはいったい何だったのか
アムロ・レイが、宇宙世紀の最後にしてくれたこと。<『逆襲のシャア』で起きた【奇跡】>
■『逆襲のシャア』の上手と下手で繰り広げられる戦いを『映像の原則』で確認しよう。※この記事
落ちるアクシズ、右から見るか?左から見るか?<『逆襲のシャア』にみる『映像の原則』>
『逆襲のシャア』以外の富野アニメ記事はこちらでどうぞ。
【目次】富野由悠季ロボットアニメ 記事インデックス
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Re: 落ちるアクシズ、右から見るか?左から見るか?<『逆襲のシャア』にみる『映像の原則』>
上手・下手の概念は知っていたのですが、実際に検証したことはなかったので、
「こんなにも綺麗に原則に則していたのか」
と驚いています。
ご存知かもしれませんが、上手・下手の概念は歌舞伎などに見られるようです。
昔の歌舞伎の舞台小屋では照明の代わりに日光(日本では南→北向き)を用いており、
舞台に日が当たり、お客様に逆光とならないように、舞台を北、客席を南としていたようです。
そうすると登場人物である天皇が舞台中央に来たとき、
天皇から見て左、方角で言えば東に左大臣、
天皇から見て右、方角で言えば西に右大臣がお供することになります。
左大臣は右大臣より上位ですから、左大臣が位置する側を上手、逆側を下手と呼んで、「天皇から見て~」などと言う煩雑さを取り除いたようです。
これをお客(視聴者)の側から観ると、
右(方角で言えば東)に上手が、
左(方角で言えば西)に下手になると・・・
GAINAXのHPに「アニメ講義」という企画がありまして、
その第一回に上手・下手の講義があり、以前気になって調べただけなので正確ではないかもしれません。
スーパーマリオブラザーズの解釈は
「そういう意味で捉えると面白いよ」
という意味ですよね?
実際は、人間の視線の動かし方(左から右、上から下)と注視すべき対象に合わせているというのが大きいと思います。
乱文・長文失礼しましたm(_ _)m
普通に見ると普通におもしろいです。
政治的な理由で著しく貶めてしまいました。
http://b.hatena.ne.jp/entry/highlandview.blog17.fc2.com/blog-entry-200.html
末代葉児 @AIYOUYOUNI さんへ
> ごめんなさい若干の当てつけがありました。
> 普通に見ると普通におもしろいです。
> 政治的な理由で著しく貶めてしまいました。
なんのことだろう?と、twitterを拝見したんですが、グダちん(@nuryougud)さんからのリアクションだったんですね。
グダちんさんにも一応は面白がってはもらえたみたいだけど、この記事を「良いアニメ批評」とするのはちょっと意地悪ですねえ(もちろん悪意ないと信じますが)。
間違ってもそう受け取られないよう本文にもエクスキューズを入れておいたのに。
まあ、それも含めて、政治的なやりとりだったんですかね。
経緯よくわかりませんが、ストレートに教えていただけて、むしろ清々しいものを感じました(笑)。
ありがとうございました。
現象也 さんへ
> 上手・下手の概念は知っていたのですが、実際に検証したことはなかったので、
> 「こんなにも綺麗に原則に則していたのか」
> と驚いています。
私もここまでちゃんと検証を形にしたのは初めてです。
> ご存知かもしれませんが、上手・下手の概念は歌舞伎などに見られるようです。
演劇や古典芸能にもある概念であるということ自体はは知ってましたし、それこそ『映像の原則』にも少し書いてありますが、語れるほど私は詳しく知りません。
遡っていくと、太陽がどちらから上がるとか、心臓がどちらにあるから(富野監督説)など、人間の生理的な感覚にまでいってしまうんでしょうね。
だから知識も大事なんですが、いちばんいいのは自分の生理的な感覚を試してみるのがいちばんいいかな、と思います。上手・下手をひっくりかえした映像をつくって、どう感じるか知識でなく感覚で確かめてみるとか。
本文にも書きましたが、そうやって映像を実際に扱って自分で確かめないと、本当の意味で自分のものにはならない感じがします。
> GAINAXのHPに「アニメ講義」という企画がありまして、
> その第一回に上手・下手の講義があり、以前気になって調べただけなので正確ではないかもしれません。
「アニメ講義」は当時、目を通した記憶があります。
他には、lastlineさんの詳細記事がすばらしいと思います。
■ゲームの右と左 マリオはなぜ右を向いているのか
http://d.hatena.ne.jp/lastline/20080329/1206781018
> スーパーマリオブラザーズの解釈は
> 「そういう意味で捉えると面白いよ」
> という意味ですよね?
仰るとおりです。単なるたとえ話です。
昔、この話を友人と食事しながらしていたときに、映像も紙もペンもなかったので、想像を助けるためにアムロをマリオにたとえただけです。
ゲームのスクロールに関しては、先のlastlineさんの記事にも詳しく書かれています。
No title
タイトル拝借してたんですね。
何年も前から繰り返し読んでてやっと気づきました。